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膵臓癌発覚までの経緯

激痩せの体調不良から始まり

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 あれは2015年3月のことでした。

 

僕は2010年末より仕事が多忙で、また東日本大震災により復興支援事業なども加わり、 さらに多忙で日曜と大型連休以外は休みのないような日々が5年近く続いていました。

一月の残業時間が70~120時間を超えるような日々が続き、体力的にも精神的にも限界が来ていました。

5年近くは家族にかまってあげられず、僕はほんとうにくたびれていたと思います。

 

仕方なく転職を考えて退職した4月のことです。

 

父が最近調子が悪く酷く痩せてきたと言うのです。

父とはいつも顔を会わせていましたが、毎日見ていると変化に気づきにくいもので、年齢も70歳を過ぎ少し老けてきていたこともあり気づかず病気の発見に遅れたのです。

 

すぐに町内の一番大きな病院へ行き診断してもらうと、糖尿病と診断されて薬を渡された程度でした。

 

糖尿病と聞いては、現代病だと感じて少し安心していたのかもしれません。

 

僕は転職出来ずに家に居たので、しばらく父の様子を見ていました。

しかし父の体調は日常生活は送れるのですが、とても疲れやすく憂鬱な日々を過ごしていました。

 

 

その後も糖尿病は一向に良くならず、暑さも極まる8月上旬には病状に我慢出来ず不信に思ったのか他の病院で再検査をすると父が言ってきました。

 

すぐに病院へ行き検査すると、血糖値が400mg/dlほどありHbA1cは11を超えていて隣の市内の病院に緊急入院することになりました。

病院へ行くとあと数日遅かったら、命を落としていてもおかしくないほどの高血糖状態が続いていたようです。

 

すぐに病院では食事によるカロリー制限がかかり、インスリンを投与しながら散歩などで血糖値を抑えるような治療させられていました!

 

母を連れて病院へ行っては、カロリー制限食の作り方などを教わり少し質素な食事に家族で取り組もうと考えていました!

しかし2週間ほどで退院して自宅へ帰ってくる予定でしたが、院長が少し病状が気になるのでもう少しだけ退院を延期して詳しく検査したいと言ってきました。

僕自身も詳しく検査したほうが安心出来るので、毎日見舞いに行っては父を退屈させまいと励ましつとめていました。

 

 

8月末頃の週末土曜日に院長より、午後から病状の確認をしたいと言ってきたので出向くものの、予定より少し待たされ緊張していました。

 

親子で面談が始まり院長が消化器などの映像を見せてくれたのですが、胃に荒れはあるものの十二指腸までは大丈夫そうでした。

でも、どこか少し言いにくそうな表情が気にかかりながらもCTなどの画像で詳しく説明されました。

 

少し話は長く感じられましたが、最後に院長は言い難い表情で膵臓に腫瘍が見えると言われて驚きました。

「えっ・・・!?」

 

数センチほどの膵臓がんが確認でき、場所的に癌腫瘍は門脈と呼ばれる血管にはり付いていて切除は出来ない難しい病状だと伝えられました。

 

膵臓のインスリンを分泌する部分を癌細胞に侵されており、血糖値のコントロールが制御出来ないのが診断の結果です

 

母型の親戚や近所の方に膵臓がんになった方がおられて、いずれの方も病気が発覚後に数週間で亡くなられていたのを知っていたのでとても怖くてショックでした。

 

とても不安で宣告された瞬間に頭の中が真っ白になり何も考えられない状況でしたが、父の方は自分ががんになったと・・・信じられない表情でした。

しかし、ここで息子の僕が取り乱してはいけないと思い、父を励ましながら一緒に頑張ろうと伝えました。

 

 

院長は別の市内の大きな病院へ紹介状を書いてくれると言うので、その場は何とか気持ちもおさまり僕は帰宅しました。

しかし、これからの親父の生活を思うといたたまれなくて、母に伝えるのもとても辛くて涙が出そうでした。

 

 

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