「・膵臓癌発覚から入院まで」カテゴリーアーカイブ

膵臓がんと分かり入院するまでの経緯

入院前日

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 入院前日になり、父は普段と変わらないような日常を送りつつも、速やかに入院の準備をしていたようだった。

 

大切に飼っているメダカの水槽を掃除して、今後の餌やりを僕に頼んできた。

また、暑い夏場なので庭の植木や近くの畑の野菜に水をやるように言い渡された!

 

他に今自分に出来ることは何だろうか?と思いながらも、これから過酷な闘病生活が始まると思われる父にかける言葉が見つからなかった。

 

だが、入院する前に記録を残して起きたかったので、写真を撮ることにした。

きっと父もどこかで、最期の写真を撮るつもりだろうと思ったことだろう。

 

しかし快く受け入れてくれて、母と一緒に並んだ姿も写真に収めることが出来た!

家族共々きっと複雑な想いがあったと思うが、刻々と時は流れた・・・。

 

夕食の時間になり、どことなく家族最後の食事にならなければ良いのにと思えて仕方がなかった。

またどこかで、この父の建てた我が家に帰って来られないような感覚もあり、恐怖と不安しか感じられなかった。

 

だが覚悟を決めていた父は、頑張って闘病生活を送ることを受け入れている姿はとても凛々しかった。

 

そして翌日には父は病院で闘病生活を送る日々が始まるのだった。

 

 

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一時帰宅から精密検査へ

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 翌日に父は病気を見つけてくれた院長にお礼を言って、検査入院を勧めてくれた病院にも出向き、ここでもお礼を言って帰宅した。

 

先日の院長の話では、癌と言う病気にかかっても、頑張れる気持ちのある人ほど治る可能性が高いのだと教えていただき少し勇気を貰った!

入院中も自治会の役員を辞めることなく続けたいと思う責任感の強い父の気持ちに、院長は意思の強さを感じてもらえたのかもしれません。

 

 

約3週間ぶりの我が家に帰宅するものの、禁煙させられていたので久しぶりにタバコを吸ったようです。

急激な立ちくらみに気分が悪くなりしばらく休んでいたようだ。

しかし、これから闘病生活を送るいじょう禁煙は必須事項なので、直ちに禁煙を続行することを勧めた!

 

来月の9月10日より膵臓がんの治療のため入院することが決まり、1日に精密検査に来るように伝えられていた。

 

 

精密検査のため 県内では大きなK 病院へ出向きましたが、やはり膵臓がんに間違いないとの結果です。

 

また入院前に一度病院へ出向き詳しい結果を教えるとのことです。

その間は1週間ちょっとあるのですが、さすがに難病を宣告されただけに後ろ姿はとても寂しそうに見え、せめてこのまま時間が止まればよいのにと思えるほどの短い期間です・・・。

父も家族に心配を掛けたくないのか、普段通りを心掛けているように感じられました。

 

 

そして再検査の結果報告の日になり母も連れて、3人で病院へ行き、明後日より投与する抗癌剤などもあり、病状を詳しく説明された。

しかし前回に見た映像と規模が違い大きく見えることもあって、病状は思いのほか進行があり、膵臓がんは肝臓の背中付近まで大きく転移していて僕は酷くショックを受けた

 

両親は共に説明があまりよく分かっていないようでしたが。

 

担当医から隣で入院手続きをするように言われ、移動しようとした時に僕だけ残るように指示された。

担当医は僕と同じ40代前後に見えますが、若くしてかなり知的な医者に見えた!

 

僕は先程の映像を見せられ酷く動揺していますが、何を言われても受け入れようと覚悟をしていました。

 

そして担当医が発した言葉は、

この病気は進行が異常に早いので、お父さんに今からでも出来るだけのことをしてあげて下さい」と・・・。

 

「えっ そんな・・・」

あまりの衝撃に一瞬空気が止まったように思えた・・・。

 

まさにステージ4bの最終段階に来ていて返す言葉は、

「先生、いつまで持ちますか?」

 

担当医はこう言った。

「長くて半年で春の3月頃で、早ければ年末までかも・・・」

「だから出来るだけのことをしてあげて下さい」と。

 

死の宣告は本当に無情なものでした。

 

だが、すぐ隣で入院手続きをしている両親には聞かせたくなかったので、とっさに言葉が出た。

「先生、今の余命宣告は両親に伝えないでほしい、お願いします」

 

担当医は承諾してくれて、僕は何があっても父が生きている間は誰にも余命のことは絶対に語らないと誓った!

 

程なくして両親の所へ行くと、父が

「何の話だった?」と・・・。

 

僕だけが呼び止められたのだから、不思議に思うのは当然だと思った。

「抗癌剤の副作用が強く出るから少し覚悟しておいて」と言ってごまかすしか出来なかった。

これからずっと余命宣告を言わずに騙し続けていくしかないと思うと、とても心が痛かった。

 

 

午後も過ぎていたので病院から帰る途中に、うどんでも食べに行くことにした。

だが両親と向かい合わせで顔を見ながら食べていると、自分の選んだ余命宣告を打ち明けないことに罪悪感を感じて表情を変えずに食べるのが苦痛でしかなかった。

 

家に着くと父は抗癌剤に希望を託し、頑張るような気持ちになっていたようだった!

 

そして膵臓がんという難病を治すために、僕は様々な治療方法を検索しては調べ上げていった。

 

 

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