膵臓がん闘病日記 9/27


 

 

2015年9月27日(日) 曇りのち晴れ

 

(父の状態)

体温   36.0℃

血糖値  mg/dl

朝食前    50 (低過ぎ危険値)

朝食後    82

午前中    90

昼食前    97

夕食前 135

就寝前 175

 


(父の日課)

06:00 血糖測定、体温測定、血糖値低いため
      ブドウ糖粒×4

07:00 血糖値測定

08:00 朝食

10:00 血糖値測定、息子来院

11:30 血糖測定

12:00 昼食

17:00 血糖測定、体温測定

18:00 夕食

21:00 血糖測定、体温測定

 



(父の日記)

ここK病院は日曜日となると療養の場でなくなり、見舞いの名目での親交の場となる。

今朝も向かいのベッドでは職場の仲間が来て冗談に花を咲かせている。

果たして元気付けているのか?

普段の仕事の合間での会話をしているのか、他に患者が休養している事を忘れている。

 

家族が来ると尚更厄介である。

とくに小さい子供を孫に持つ患者においては、その子供の騒がしさと言えば虫唾が走る。

子供がこのような行動する事はいたしかたが無いものではあるが、腹が立つのはその親が病院内でのルールとマナーを知らない事である!

若い夫婦にとってはそういう事には無頓着で、声は大きく、ましてや子供の騒ぎにも無関心の放任である。

その祖父である患者も平日は静かな態度で体の癒しに励んでいるのに、病院での環境を忘れる場面がある。

家族との団欒は楽しいものであるには違いないが、場所をわきまえる事を忘れてはならない。

孫の可愛さをに溺れて周囲に気遣う事を放棄してはならないのだ。

 

私の祖父は確かにこうした他人との付き合いに於いては区別をしていた。

「さいやがる(ふざける)」という言葉の元に他人に対しての無意識な行動を戒めていた。

その度に痛いげんこつを喰らったのを思い出す。

 

親は自分の子供には責任を持って世間のルールの意味と、その大切さを教える事を戦後の親は忘れているのか?それとも知らないのか?必要条件の欠如である!

 

また見舞いに来た年配の方は無神経に大きな声で意味のない挨拶と機嫌伺いをする。

老齢になっても世間を理解出来ない人間もある。

 

半面教師である。

今日迄の経験を忘れてはならない。

ルールとマナーを守る事は受け継いでいかなければならない。

 

 

昨日の事、私の担当になった看護師の一人が、今の主治医のT先生も糖尿病を診るのかと不思議がった。

その事が気になり考える。

 

主治医は内科専門ではあるが、糖尿病については経験が浅いのではないかと考え出す。

一旦分担して専属になった医師を患者が選択出来る訳があるまい。

 

主治医がなかなか笑顔で接しない事から考えると、私への緊張感があるのかとも思ってみたりする。

そんな事は考える必要はないのだ。

医学に関する何の知識も持たない患者が疑問や不平を言う事は間違いである。

真面目で正直良心的な仕事熱心な医師であるならば、道を外す事は何もないと信じる。

 

彼に命を預けた私の体に疑問を抱いてはならない。

自分の良心に恥ずかしくない考え方と行動をすべきだ。

 


(当時の僕)

今日もとくに変わった様子もなく安心しました!

 

でも明日は3度目の抗癌剤投与の日らしい。

また体力を奪われると思うと少し切なく感じますね。

 

食事療法体を温め体質をアルカリに変え糖鎖による治療法を考えている。

何事もやってみなくては結果は分からないから、やらずに諦めるなんて男のやることではないと考えます。

もっと頑張ろうと思う!

 


(現状の僕)

少しづつ入院生活での疲れや不満が出ている様子が伺える。

確かに見舞いなどでは同室の患者の睡眠を妨げてはならないから、気を使うのは当然である!

 

周りの環境に合わせられないのは、常識がないと自分も考える。

 

ただ、少し行き過ぎると円満な家族を見て嫉妬している様にも見えたりすのだが・・・!?

 

確かに父の主治医は若く笑顔を見せる事もない医師ではあったが、何度も病状を拡大して見せてくれたり、詳しく説明してもらえて、僕にはとても好感が持てる医師に見えた。

医師があごひげを生やしていて、また年齢も若いのが気に掛かっていたのかもしれない。

 

休日も時間おいて担当の患者の様子を伺いに来る姿は、少なくとも素晴らしいものだと思えたが。

 

 

 

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